カツオとミヨさん。
- 寺岡直樹
- 5月27日
- 読了時間: 3分
62歳になって、ふと考えることがあります。
私はいったい何をやっているのだろう。
YouTubeライブを始めてから、
気がつけば5年以上が過ぎました。
毎日のようにカメラを回し、猫たちのありのままの姿をお届けしてきました。
最初は、保護を依頼してくださった方々に
「助けた猫たちは元気に暮らしていますよ」と
伝えたくて始めたものでした。
けれど今では、そのライブを通じて多くの方々と出会い、
そして別れも経験するようになりました。
実はこれまでに、ライブ配信を見続けてくださった方が
3人、天国へ旅立たれています。
その中のお一人が、
皆さんご存じの「イナちゃん」。
本名は美世さんです。
末期癌と診断されてからも、
3年間もの間、本当に懸命に生き抜かれました。
亡くなる2日前までLINEでやり取りをしていたほどでした。
私は、まさかそれが最後の会話になるとは思ってもいませんでした。
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美世さんが亡くなられたことを知ったのは、2026年5月6日のことでした。
深夜、彼女のLINEから一通のメッセージが届きました。
従兄弟の方からでした。
「美世は3月に国際がんセンターで亡くなりました。」
その言葉を見た瞬間、頭の中が真っ白になりました。
さらに後日、ご親族の方から詳しいお話を聞きました。
3月2日の夜に倒れ、そのまま意識は戻らず、
3月5日に眠るように旅立たれたとのことでした。
苦しむことなく、静かな最期だったそうです。
葬儀には福井から高校時代の友人や
美容学校時代の仲間たちが駆けつけ、多くの方々に見送られたそうです。
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そして、ご遺族が読まれた日記帳の中に、こんな言葉が残されていました。
「カツオ、逢いに行けずにゴメンね」
その話を聞いた時、私は胸が締め付けられました。
カツオ。
彼は美世さんがずっと見守り続けてくれた保護猫でした。
高齢になっても懸命に生き続けた子です。
しかし、美世さん自身も病と闘っていたため、
最後に会うことはできませんでした。
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そして運命というものは、時にあまりにも残酷です。
カツオは、美世さんが旅立たれてからわずか2週間後に亡くなりました。
まるで待っていたかのように。
「もう頑張らなくていいよ」と誰かに呼ばれたかのように。
私たちはカツオを荼毘に付し、その小さな身体を見送りました。
きっとカツオは迷うことなく、美世さんのもとへ向かったのだと思います。
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私に届いた美世さんから最後のLINEは今でも消せません。
「猫兄、咳が苦しそうなので少しタバコ控えめにしてね。
猫ちゃんのためにも、猫兄が寝込んだらアカンよ。」
最後まで自分のことではなく、猫たちのこと。
そして私の身体のことを心配してくれていました。
本当に優しい人でした。
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この5月も、私は猫たちを救うために山奥へ向かいます。
助けを求める声があれば、今日も車を走らせます。
時には無力さを感じることもあります。
それでも続けてこられたのは、多くの方々が見守ってくれたからです。
美世さんのように。
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今頃きっと。
美世さんは天国でカツオを抱きしめながら、
「あんた、よう頑張ったな」
と笑っているのでしょう。
そしてカツオも、あの穏やかな顔で甘えている気がします。
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ミヨさん。
本当にありがとうございました。
あなたが愛してくれた猫たちは、今も元気に生きています。
そして私たちは、これからも命を繋ぎ続けます。
だから時々でいいので、
またカツオと一緒に夢に出てきてください。
みんな待っています。
心からの感謝と共に。
合掌


